久しぶりの

半年ぶりのブログ。書くよりは感情のままに話すようなそんな文。

 

半年前は、お仕事が忙しくてキツくて、今にも辞めてしまいと思っていた。

このままいけば壊れると思ってから、どれくらい頑張っただろう。

 

まず、前職は辞めた。

耐えられなかった。完全な負のループにハマって苦しくて苦しくてたまらなかった。

だから、後輩を指導できなかった人という烙印を押してしまった。

あまり後悔はない。私の人生だ。

私の

 

だから次は進んだ。

今度はどうだろう。

前職とは全然違うから比較できないが、ただただ楽しいなとは思う。

まだ本当の姿を知らないからかもしれないが。

 

ただ、唯一辛いと思うのは、自分の人生が、自分の性格が、否定される。

仕草、言葉遣い、声質、それだけの否定なのに、それまでのことを否定されてしまう。

こんな人間だったんだなって絶望する。

他の人間とグッと仲良くしようと思うと、キモくなるのか。

それとも、これまでのゲイコミュニティにあまりに染まりすぎた結果、こうなってしまったのか。

部活をまともにやってこなかったメンタルの弱い、言動や動作が気持ち悪いゲイっぽい人。

なんて印象だろう。

 

その下に沈んだ澱など何も知らない人に、こんなこと言われてること自体が許せない。

ただその思いは、結局は歪んだ人生が作り出した歪んだプライドなのだということにも気付いているつもりである。

 

それでもショウカしきれない感情の行き先がまだ分からない。

良くない。

陰キャだと馬鹿にされるのも、事実だから仕方がない。

悔しくてたまらない。

 

またしても、普通の、王道の人生を歩めなかった後悔だけが沈んでいく。

 

怨みが原動力で良いのか分からない。

時々芽生えるフクザツな気持ちを持て余す。

 

 

思考の整理

 

親との関係性について、まずはそもそも親の価値観と自分の価値観の齟齬について言及

親は私がゲイであることを知っている。大学二年生の夏、帰省した際に話してしまった。元はと言えば、どうして私が親に対してこんなに反抗的あるのかという部分で喧嘩していた。私は以前より抱いていた「親への不信感、ゲイを理解してくれないであろうという絶望」を燻らせていたために、反抗的な態度になっていたのだ。喧嘩の途中にあった、親「どうしてそんな態度になってしまうの?私はあなたのことを全力で守りたいだけなのに」に私はついカミングアウトしてしまった。そこからもう4年は過ぎた。

それに対して特にヒステリーを起こすことは少なくなった。それでも、まだ変な言葉を告げられる。

「まだ…その…普通に戻る可能性はあるんだよね?結婚できるかもしれないよね? 私、あなたが結婚して子を産んでくれて、その中で一緒に暮らしていきたいの」

本人はかなり前からLGBTについて勉強してきたと言っていた。それでも所詮そんなものなのだ。これでは変わっていないのと同じだ。変に関係が緩くなっただけ、切りづらく苦しい。私は女性とどうにかなろうとか微塵も思っていない。だからこそのゲイなのであるのだが… それはさておきと言わんばかりに、自己の欲求を何も考えることなく私に告げてくれる。挙げ句の果てには「もう少しで働けなくなる。そのときは一緒に暮らして養ってほしい。」

わかるよ、今の祖母や、過去のあなたの生活を考えれば、きっとそんな寂しさが募り、死ぬときは一人ではなく、これまで共に戦ってきた私に看取られ死にたいのかもしれない。信頼できるのは私だけらしいからな。

だがな、それはできないんだ。あなたが生きてきたその人生、その結果はしっかり自分で取るんだ。どんな結果が欲しいか考え、そのために必要なことをしなければならない。それは決して息子に対してネチネチと「一緒に暮らしたい、養ってほしい」などど言う事ではない。

私は先の発言をし、さらに「たとえお前がどれだけ信用している(その信用さえ怪しい、お前のその恋愛は恋愛なんかではないし)彼氏だろうと別に会いたくない」(この発言の前に「そんなに彼氏が好きなら紹介しなさいよね」と言っています)というような人間にもらった恩を返す必要はないと考えている。ダブルバインドもいいとこだし、私の否定は十分すぎるほどしている。もう疲れたのだ。そんな発言をしてくる人間が死に際私に吐く言葉なんて…

そんな私はどんな結果が欲しいか想像していない。ただ相手の発言が嫌で「あぁ言えばこう言う」をしている。この関係の終わりはどうなるんだろう。双方の死を経て結果がわかるね。ここから先は私のノートに書いておこう。考えられる死のパターンとその結果と。

関係性を切るということはどういうことか、親と、友人と、誰かと。

親である私と縁を切るなんて絶対にありえないんだよ、どこかで繋がっているんだからね。

親はよくこう言う。先の話にもあった通り、私と親は良好な関係性とは言えず、親はキレた時に「じゃぁもう縁きればいいじゃない」と言う。私は私で親に「そんなんやったら関係切ってもいいんじゃない?」と言う。そうすると縁切りなんてありえないと言うのだ(何がしたいのか、本当に意味がわからない)

でも私は多分、縁を切れると思っている。法的な関係を踏んでもなんでもいい、とにかく敵意を向けた人、敵となりうると判断した人との何かをすっぽり消せると思う。てか消したい。

あまり良くないことかもしれないけど、友人の話を少し。

彼は、私同様に親に悩まされている。そんな彼から、親との関係性が少しマズくなった悩み相談を受けた。それに対して私は「じゃぁもう縁を切ってもいいんじゃない?」と言った。

実際、自分で生計を立てられている。親に頼ることなんて何があるのか、実家が太くて政治的に必要な場合か?とにかく彼は別に親を頼る必要なんてないはずなんだ。でも私の縁切り推奨発言に「いや、親とは縁きれないじゃん?」と普通のように言われた。私にとってはあまりに衝撃的だった。こんなに親で苦しんでいて、それでもなお親に気持ちを向けられるのか理解できなかった。できないあまりに、洗脳されているのでは?と疑ってしまうほどに、びっくりして電話口、言葉が詰まった。親だから縁を切ることができない。なんの論理性もないじゃないか。教えてくれ、一体どんな人生を歩めば、傷つけてくる親でもどうにかしたいと思えるのか。私に足りなかったものはなんなんだ。

記憶がある時から、保存されているのはネガティブな記憶ばかりだ。ヒトを理解できずに愛着も湧かず、他人に恐怖し自身が生き残るために必要な行動をとってきた私だ。個であり孤であった。嫌な記憶だな、あいつにアレされなければ私はまだ親を信用できたのかもしれない。残った親に対して「この人の顔を悲しませないように、せめていい子でいよう」なんて大人にならなければよかった。こんな風に人と人との繋がりが薄いごみみたいな人間になりたくなかったな。そしたらきっともっと友人を大切にできたのかもしれない。なんの後悔をしているんだろう。でも、SNSとかで仲良し写真をあげている人を見るたびに「あぁ、こんな人が私も欲しい」と思うし、タコパや旅行の写真を見れば「この中に誘われるような人になりたかった」なんて思ってしまうのだ。

寂しいね。自分がほしい結果を、こんな簡単に考えるのではなく熟慮した上で、それに必要な行動をとらねばならないね。そのために今こうして整理しているのよ。

人との縁・関係をこんな風に思っているから、友人が少ないのかな。誘われることが少ないのかな。寂しさが胸を押しつぶしそうになる日があるのかな。私は人に冷たいのかな。

ブツリと切れる人間関係しか築けない愚かな私よ…

自分の死生観について

自分の命を終えてもいいときはどういうとき?

ブツリと切れるような人間関係しか築けない、人に対してそこまでの気持ちがない、死んだ時にどう思うか思われるのかがイメージできない(正確には重く考えてない)、死は流れの一つである、生きた証なんて別に残さなくたっていい、死んで泣いてくれる人間に気持ちが薄い・信用していない・忘れて幸せになってほしいと思っている、私が生きる価値なんてないんだ。

これまでの艱難辛苦を思い、現状を考え、今後を描いたとき、生きていればよくなるのかなんて思えない。押し潰されそうだ。昔に比べたら理解してくれる友人や、仲間ができ、パートナーまでもいてくれる。それでも、性格・気質の矯正はあまりに遅く難しい。今後の爆発的な回復を期待して枕を濡らすばかりだ。

ひぐらしのなく頃に 解 23話くらいかな

(人の世に何を求めたのか)→「私はただ生きていていいよって」

この感情が私にあれば、な。

 

 

 

推敲してないんだ。整理になっているかな?でも少なくともなんかスッキリした。

じゃぁどうしていけばいいんだろうは、最初のところでも話した通り、自分だけのノートで。

 

パリ、行きたいね。

楽しかった反動

この三連休は楽しかったけれど一方でハードでもあった。

土曜出勤8-16は朝昼抜きで肉体労働して、終わったら急いで身支度して東京へ

 まともなご飯食べたら夜の陣にくりだし、結局朝?3時までパーリナイ

4時に寝たけど起きたの7時で私の心身 限界侍

そんな状態で日曜も変わらずハードに

友人とソラマチ散策からの、何年来の方と高円寺散策

歩き疲れて一休みしたら、同期とご飯を

お互いの近況を報告しようと思ったら、私の愚痴や惚気大会に。優しい言葉をかけてくれるこの人に甘えてしまってる。本当にありがたい

2時間もしないで今度は予てから会いたいと思っていた人に

私の苦しみはある意味皆通る道で、歳を重ねたら大丈夫だからと言われた

あなたを見ていたら確かに大丈夫なのかもしれないけど、その若さでその経済レベルに達してるのだから、よほどの強さがあなたにあるのでは?と少し寂しくなったり

そして日曜の朝帰りと午後出勤

休みたくても休めない日々はいつまで

平日のプライベートを取り返すように休日まで疲れ倒してしまう

 

あの人の話を反芻しては、自身の雑魚さに一層悲しくなってしまう

なにが悪かったのか、取り返すためにどこで奮闘したら良かったのか、今から何ができるのか、教えてほしい

究極的に自己中になりたいと、全てを投げ出してまた一から始めたいと思う。悪い癖だ

👎

謎の弁明

小さい頃からの記憶を掘り出したり、その時の親の育て方だったり、私の気持ちを察した結果を述べた上で、ごめんなさいとか、親なのに守ってあげられなくてごめんなさいとか言われてる。

以下、親曰く

子供なのに大人にしてしまって、甘えられないようにしてしまって、守ってあげられなくてごめんなさい。

いじめられてることも知らなかったし、いい子な部分だけしか見てなかった。辛いってサイン出してただろうに気付かなくてバカな親でごめんね。

本当に寂しかったんだよね、親の愛情に包まれて過ごさなきゃいけなかったはずなのに、小さい大人にしてしまった。一番の犠牲者は貴方だったのね、本当にごめんなさい。

必要な時に必要な愛情を与えられなくてごめんなさい。

どういう思いで生きてきたのか、それなのにいっぱい傷つけてごめんね。

でも、それでも自分の人生をかわいそうとか言わないで。子供にはなんの罪もないよね、本当に孤独な思いをさせて。でも私も精神が参ってたのよ。仕事を変えなかったから借金とかも返せたと思うけど、本当に犠牲者だったね。

本当にごめんね。

以上、親の謝罪?

 

なにこれ。ただの自己満足でしょ。

そこじゃないって。それだけじゃないって。

もういいよ。

てか、なんだったのこの1時間は。本当に無駄。

 

親がこんなに謝っているのに許さないのは、そんなにボロボロになっても育ててくれた親に対して失礼じゃないか?

 

私はまた訳の分からない感情に苛まれる。

 

アイコン

どうも、お久しぶりです。

ツイッターのアイコンを変えたって話です。

 

私は基本的に自分の顔は嫌いです。

イケメンではないし、ちやほやされるわけでもないし、男が釣れるわk etc

造形そのものよりも、こんな人生を歩んでる自分が嫌いだから、人生が浮き出る顔が嫌いなのかもしれません。

だから、人様に見せられそうな顔が撮れた時のみ、アイコンを変えます。

(顔、嫌いなので人に見せたくないんですけど、顔見せないと何に話してるか分からないと思ってるので...)

 

さて、今回変えたアイコンは、私が滅多にしない変顔の写真です。

でも普通に考えて、この写真は人様に見せられる写真ではないんですよ。だって変顔だから。

それなのにアイコンにしちゃいました。

理由は、「この変顔、最高に素敵だ」と思っているからです。

意味わかんないですよね?さっき何つった?みたいな。

でも、この写真見た時、「これは私だ、間違いなく私の顔だ。でも私を表していない!私じゃない!!面白い!!!」と、不思議な感覚を覚えました。

これまで生きてきた私、そしてそれを写す顔。

アイコンにしたのは、それが微塵もにじみ出ない(と思ってる)顔。

 

この顔が大好きで大好きでたまりません。

この顔の人がいたら恋に落ちるくらい。(実際いたら引いてそう)

ひっっさしぶりに、自分のことが愛おしくなりました。自己肯定しちゃった。

 

ただ、「私」ではない顔なんですけどね!笑

 

オチ、意味わかんない...

 

ラフ

面白いや楽しいを共有したら人は近づいてくる。載せないのは表現が怖いから。批判が、傷つくのが。

 

 

私は中途半端。才があるわけでもなく、技能の向上を図るわけでもなく、ただ残念な自分を眺めて生きている。

 

 

自己啓発の本を読んでも指針になってない無駄か。

結局、ありのままの残念な自分で戦ってるフリ?をしている。

考えてない。悩んでいるだけ。生産性のない悩み。

悩むのが好きなのかもしれない。

前にもそんな結論になったっけか。

欲しいものは生きる強い動機、前にも見つけてたっけ。

いつになれば終わるの。

早く次のステージに立ちたい。

重いもの続き...?

先日、1泊2日の会議があった。

そこで久しぶりに同期2人に会った。

夜は特に指定がなかったので、同期で集まることにした。

そこでは仕事の辛さやこれからを、皆思い思いに喋った。

私は、そこで自分の中にくすぶる思いを言ってしまった。

 

もともと生きることに執着していないこと。理由は、これまで生きていて良いことがあったわけでは無いので、これからも生きるのに大した希望を持つに至らないから、である。

楽しかった記憶がないわけでは無いが、辛かった記憶がそれらに覆いかぶさり、辛さが勝る。

でもそれでは問題がある。このままではきっといつまでも中途半端で、それは非常につまらないものだという自覚がある。だからどうにかしてこの考えを変えたい。が、全てを無にしたい気持ちの前にはそれもあまり良い戦力にはならない。

さて、どうしたものか...

自分のことになるとよく分からないから、同期の2人にどうして生きるのか聞いた。

1人は、したいことが沢山ある、これらをやるまでは死ねない、とのこと。

からしたら死ねばそんなの0になるのにどうして拘るのか分からなかった。

もう1人は私同様、あまり分かってないみたいだった。

 

難しい話になってきたし、先輩らからお呼びがかかったので、同期会はこの辺でおしまいにして先輩らの前に向かうことにした...

 

先輩らとよく分からない話をし、会が解散となり部屋に戻り、寝るその時まで私の頭の片隅にはさっきの問題があった。

 

この1週間が終わって休みの日、バックグラウンドで動いていたこれを表に出して、じっくり向き合うことにした。

 

自分で「なんで生きる意味を求めてるのか、そもそもなんでその意味を問うのか」から始めて、考えた。自分との対話形式で、複数ある答えを出しながら、それらにあーでもない、こーでもない、と唸り、結論としては出なかった。

意味なんてないのか、そんなことあるまい。

生きることには意味がある、という思い込みが前提にあった。

自分の思考力に限界を感じたので、ネットの海の答えを見つけることにした。

いろんな記事、ブログを読んでなんとなく合点がいったような気がした答えがあった。

「生きることに意味なんてない」

論理的に書いてあった。

私もこうして生きる意味を考えていた、しかし見つからない、あるはずだという前提のもと進む自分会議。でも見つからないのなら、それはつまり生きる意味なんて無いってことではないか?ということだった。

そう設定して良いのかって、なんか肩透かし食らったみたいになった。

でも事実そうかもしれない。

とりあえず今の私は、生きるのに意味なんて無いというスタンスで生きることにした。

意味なんて無いから、何したって意味をなさない。好きなことをしてもどうでもいい。

でも、どうでもいいからこそ、どうせ生きるのなら、笑って過ごしていきたいなって。

今抱えているものに対して、自分の答えを突きつけていきたい。

面白く転がってくれる方に、すすみてぇな。