タイトルをつけるにはまとまりきっていない。

あまりにもありすぎて、もはや何もないのだ。

 

私は帰省するといつも親と喧嘩する。

カムア済みの親で、最初こそ否定はされたが、年月をかけたら徐々に分かり合えるもんだと。

いろんなサイトで見たそういう幸せと現実とは違っていた。

まだ何一つ進展していない。

強いて言うならその手の話が最初よりは冷静にできるようになったことくらいだ。それでも5分で最悪な状態になるんだけど。

 

今回の帰省も、例に漏れず喧嘩した。

キッカケは「沖縄には帰るつもりがあるの?」だ。

残念ながら帰りたいと思える理由がないので「帰らないよ」というと悲しそうな顔をするのである。そりゃそうだ、一生懸命に育ててきた一人息子がもうあまり会うことはないというから。

本当は違うと思う。

「私はじゃぁどうしたらいいの」というフレーズが飛び出すなんて、きっと会えない悲しみから来る言葉じゃないと思う。

「私は一人で死ぬのね」という言葉がその予想を確信じみたものにしちゃう。

 

からしてみたら、申し訳ないという気持ちもあまり感じずに勝手にしてくれとしか思えない。だってそう思わせたのはあなたではないか。あなたが2度も深く深く傷つけたからじゃないか。1度目のはまだ仕方ないと思える。けど、2度目はないよ。隠しきれなくなってカムアしたときに放った「気持ち悪い」は私のキャパを超えた。1度目で封じた敵意を抑えるのは無理になっちゃった。1度目の時点で、この人は子供を馬鹿にするんだなって思った。それでも、大人だって親だって人間だから、間違うことくらいあるさって。今回は過ちに気付いて謝ってくれたから、水に流すことにした。完全ではない。その時点で割と、いろんなものが無くなったけど。

そしてそのまま怒涛の思春期に突入したときには、そのこじれた気持ちが癒えることなんてなかった。むしろ、ゲイであるという事実を完璧に自覚しちゃったおかげで、社会は否定する。親も保守的だから否定するだろう、と考え、それがさらなるこじれを生んだ。表面的には反抗期として出てきた。

そのときに、この人は自分が憎む存在を、何も知らないで育ててしまっているのだ、なんて馬鹿なんだろう、そしていつかこの家は崩壊するんだろうって思った。同時に、非常に申し訳なかった。それは親子だからか、あるいは人としてか。だって、親だって幸せではない過去を歩み、それでも子供のためと死ぬ気で生きてきたのだ。それなのに、自分の子どもが、この苦しみを乗り越えた先に描けるはずだった未来を消す存在だったなんて。自分なら苦しすぎて発狂する。現に、私はそれを思い、運命の酷さを恨み、死すら考えた。何も知らないまま私が死ねば、まだ幸せなのかもしれない。そんなことないか。死んでも辛いし、生きていても辛いわ。だからこの事実なんてあと10年はいうまいと高2のころには思った。神様がいるわけないと思うのも、親にこんな仕打ちをさせるなんて酷すぎると思うから。たとえそれが本人が選んだ道だとしても。さて隠し続ける生活もいよいよ終わりを迎えた。三年前の夏、帰省した私は我慢の限界を超えた。いつも、どうせ俺のこと否定するくせに何偉そうに指図してんだって思っていた。その気持ちがキャパ超えた。そして、

「いつもなんで反抗ばかりするの?私はあなたを大事に思っているのに」「なら、言うけど俺ゲイだ」あとの親の姿はまさにパニックである。過呼吸ばりだったし、目は虚ろだったし、頭は混乱してたように思う。そして出た言葉が「気持ち悪い」だ。親のキャパもまた超えたのだ。そして私も「あぁ、やはり親といえどダメなんだ。もういいや。こいつは親ではない。ゴミクズだ」って思うようになっちゃった。1度目の時にきれかけたけど結ぼうと頑張った絆とやらは、もうその一言で完全に千切れたと、私はちぎっちゃったよ。もうよくわかんないからねすっ飛ばすや。

 

今回の帰省に戻るね。

今回も千切れた絆のまま、私は「あなたが私に理解を示すような態度を取るまでは絶対に許さない」という気持ちを、親は「あぁもうこの人は親子の絆を切ったのね」という気持ちを持って臨んだ。

「沖縄に帰るつもりはないのね」

「ない」

「私はどうしたらいいの?」

「勝手にして」

「どうしてそういうこというの」

「勝手に生きたらいいじゃん。それとも何か、一緒に暮らしたいの?面倒見て欲しかったら、面倒見たいと思わせるような行動をしろよ」

「いいです。面倒見なくて結構です」

だいたいこんな感じ。

その端末を見ていた叔母は、

「もう少し親の気持ちにも寄り添わないと」だって。

あぁそうか、もうこの家には私の味方はいないのか。誰も私の気持ちを分かろうともしないのか。みんなあれか、辛い人生だったから自分の辛さを感じるだけで精一杯なのかな。私の気持ちよりも叔母は親の気持ちにフォーカスしてる。親は子供の気持ちよりも自分の将来や、たまに私の将来を心配してる。一人で死ぬなんてかわいそうって。勝手に一人にすんな。ばか。パートナーがいるっての。でもその人とはそういうことするんでしょ?生物学的におかしい。とかその穴はそのためのではないのに。とか。もう分かった。理解なんてかけらも進んでなくて、いつまでも否定しかできなくて、でも幸せにはなって欲しくて。私はあなたの否定を聞くと悲しくなると言うと、親もあなたの悲しくなるという言葉を聞いて、夜も寝られないという。バカか?お前が否定なんてしなければ何も始まらないんだよ。そんな人もいるんだね。それでも構わないから自由に楽しく生きてと思てるなら、こんな風に否定はしないはず。所詮お前の思った通りではなく、処女性の高い潔白さと保守的な考えのせいで、否定してるのだ。私は子どもとして、そういう親に負けたのだ。あぁ悔しい。親だったら「どんな子でも私たちの子供。素直に自由に生きて欲しい」と言って欲しかった。そんなこと叶わず。私もダメだった。親に期待なんてするんじゃなかった。この親は1度目からそうだ。自分のことや世間体しか頭にない。今だってあまり言いふらすなよって言う。巡り巡って私のところに来たら私が辛いと。もううんざりだ。社会は厳しいから、表向きはカムア成功してるかもしれないけど、裏でどう言ってるか分からないよって。なら裏で言ってくれてる方が助かるわ。目の前でこうやって言われるよりも全然辛くないよ。聞こえてなければ言われてないと同じ。それで会社の人にバレたらどうするのって。そんなの会社やめればいいじゃん。最悪そこらへんで死ねばいい。別に無理して生きる必要もない。彼氏がいなければ、いつだって死ぬ準備はできていたくらいには。どうして私に寄り添ってはくれない。どうして、今自分たちが感じている辛さを、このクソガキはこんなにも早い段階から感じて辛く辛く思っていたことを分かってくれない。

私は、あなたが過酷な道を歩み、それでもなお諦めず育ててきた私が最後の最後であなたの夢を壊すことをとても苦しく思い嘆いていた。苦しみから自殺だって考えてたことを言ったのに、なんであなたはそこまで追い詰められた子供の気持ちに触れないで、「私にまであなたの息子ってゲイなの?って言われたらとてもイヤ」なんて言えるの?

後先短い親をこれ以上苦しめないでって。後先長い、これからもっと苦しまなきゃいけない私の身にもなれよ。出会う人間がゲイを否定する可能性を同じとした時、年間何人にあってうち何人が否定し、それをあと何年分?平均寿命換算でも私のが圧倒的に辛いやろ。歳を重ねていけばいくほど、人とつながれば繋がるほど、私はまた1から。普通を装い、いえそうな人にカムアし、やっとそこで普通の関係を築くというのに。隠し事のない素直な関係を築くのに、恐ろしくストレスがかかるんだぞ。常に普通を装わなきゃいけないんだぞ。緊張状態をいつまで続けていけばいいんだ。もう疲れたよ。営業職とか女や酒の世界だから、今この現状が辛い、というと、それはあんたの考えが甘いからと言われたし。え、なんで責められなきゃいけないの。なんでこんなに言われなきゃいけないの。何したんだよ!もういいよバカ気持ちが収まらない無理頼むから死んでくれ。頼む。これ以上、私を追い詰めないでくれ。優しかったあなたに、ただ守られたかった。